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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.5
2008年12月02日 13時00分
このサイトでもご案内した「アキハバラという未来~未来学パラダイムの再構築~」(2008年11月22日、秋葉原コンベンションホール)というシンポジウムに参加させてもらった。1968年、未来予見のための学問的可能性の追及を目指して日本未来学会が設立された。主催の新日本未来学会は、これが2007年に名称変更したものだそうである。
1968年といえば、基調講演で森川嘉一郎氏(『趣都の誕生』著者、明治大学国際日本学部准教授)も指摘されたとおり、映画『2001年宇宙の旅』が米国で公開された年である。翌1969年には、ケネディ大統領の「1960年代に人類を月に立たせる」という公約どおり、アポロ11号が月面着陸に成功。まだ、人々が未来に大きな夢を感じとっていた時代である。
私も、「未来」という言葉を聞いて反射的に「過去」を振り返ってみようと思った。パネリストとして参加させてもらったわけなのだが((シンポジウムの案内参照)、はじめに簡単なプレゼンをすることになっていて、そこで用意したのが、「日米ナード年表 Ver.0.1」というスライドである。
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| 「日米ナード年表 Ver.0.1」。とくに下段の「日本」の部分は手を付けたばかりというような状態で申し訳ない。 |
『趣都の誕生』の中で私が気に入っているエピソードは、1970年代までのテクノロジー信仰が崩れ去ったあと、“なに”が登場したかというお話だ。その中でも出色なのが、航空旅客機の進化がどんな運命をたどることになったかである。1960年代に、英仏共同開発のコンコルドに代表される「超音速旅客機」が作られた。米国もボーイング2707みたいな鋭角的な三角定規のような機体を作ろうとしていた。
ところが、航空旅客機の歴史は誰もが想像したような道は歩まなかった。それを決定的に印象づけたのが、'93年にANA(全日本空輸)が飛ばしてしまった「マリンジャンボ」である。一般公募で選ばれた小学6年の女の子のデザインを採用して、機体いっぱいにクジラの絵を描いて世界の航空関係者の度肝を抜いた。その後も、ANAはスヌーピーやポケモン、JAL(日本航空)もディズニーを使った「ドリームエキスプレス」を飛ばす。その規模と大胆さにおいては、いまどきの「痛車」などお遊びともいえる。
だが、その裏側で、1970年までのテクノロジー信仰はすべて崩壊してしまったのか? 日本はたしかにそういう道をたどったとして、テクノロジーの本場の米国はどうだったのか? そういった森川氏の話の裏返しの部分に触れたかったという意図が「日米ナード年表 Ver.0.1」にはある。
「ナード」(nerd)は、しばしば「おたく」と訳されるが、この言葉が使われはじめたのは'84年である。年表のとおり、日本で「おたく」という言葉が生まれたのとほほ同時期。ナードを語る上で極めて重要な映画が『ナーズの復讐』だが、これの公開年が'84年。『The NERD Syndrome』(Michael Tompkins/著、LA-Grange/刊)という本が書かれ、『TIME』誌に“ナードの14の特徴”を紹介する写真が掲載された。米国社会が、ナードの存在を認知したといってよい。
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| 映画『ナーズの復讐』シリーズ(日本未公開)。 |
現在では「ナード」の意味は、限りなく「おたく」に近くなっている。しかし、'84年の段階では、コンピュータに強い理系学生のうちの一部に限定して使われていた。『Jocks & Nerds』(Richard Martin著、Rizzoli Intl.刊)は、「JOCKS」(体育会系)と「NERDS」(理系)の2つの軸で見せた男性ファッションの近代史本である。これによると、「ネオ・ナード」などという品の良いスタイルまであるという。
『ナーズの復讐』シリーズは、ふだん体育会系の連中にバカにされ、いじめられているナードたちが、その頭脳を武器に、彼らに復讐・勝利するという映画である。ナードたちの実際については、『マサチューセッツ工科大学』(F・ハプグッド/著、鶴岡雄二/訳、新潮社/刊)などで読めるが、米国のコンピュータショウに出かければ、いまでも大勢のナードや元ナードにお目にかかれる。
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| 『Jocks & Nerds』や日本の『英語情報辞典』(小学館)でも紹介されている『TIME』誌のナード紹介写真。 |
米国は、テクノロジー信仰が崩壊する代わりに、このヘナチョコだが、油断できない連中を生み出した。ところが、このナードたちが、1970年代の終わり頃に登場したマイコンという武器を手にしたことが、その後の歴史を大きく変えてしまう。日本でコミケが盛り上がりはじめたころ、米国ではウェストコースト・コンピュータフェアが開かれていた。冗談のような小さな機械が、それまでコンピュータでは実行されなかったような楽しいソフトを走らせはじめた。
ビル・ゲイツやマイケル・デルに代表される20代そこそこの起業家たちが登場して、コンピュータの世界を劇的に変えていった。そして、'90年代に入るとヤフー、イーベイ、グーグルといったナード系企業が、米国経済において大きな位置を占めるようになる。いずれも、創業者たちは株式公開して巨万の富と名声を手に入れた。
'96年に放送された『トライアンフ・オブ・ザ・ナーズ』は、まさに電脳系ナードたちの勝利の歴史を記録したドキュメンタリー番組である。オープニングのアニメーションでは、ピザを食べながらマイコンをいじっているナーズたち。体育会系にいじめられ、女の子たちにも相手にされなかったナーズたちだが、その頭脳とセンスで、最後には地球の頂点に立つ。
つまり、『ナーズの復讐』を地で行くようなことが、米国では、社会全体の支配的な空気になったのだ。
※少々長くなったので以下、次回
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。