アスキー総合研究所 > 所長コラム > “ナード”が足りない日本人(続)
【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.6
2008年12月09日 00時00分
先週の続き。
テクノロジー信仰が崩壊して(というよりもテクノロジーが身近になって)、日本では'80年頃から楽しい製品やサービスがたくさん作られた。カラオケ、ファミコン、ウォークマンなど、明るく楽しい日本オリジナルのポップカルチャーに繋がっていく。
それに対して、米国は、「双子の赤字」と言われた社会的背景はあるけれど、同じような展開にはならなかった。テクノロジー信仰が崩壊して(というよりもテクノロジーの劇的な質的変化が起きて)、そのタイミングで出てきたのが「ナード」だった。「おたく」と「ナード」、少なくとも当時はだいぶ違うものだった。
・おたく:コンテンツの過食的消費者
・ナード:テクノロジーの強迫信奉者
なぜ日米でこのような違いが生じたのだろうか? 日本ではマイコンショウが「19禁」で、米国ではSF大会が長い歴史を持つ権威主義的なものだった。なぜその壁を超えられなかったかといえば、日本はマンガに、米国ではコンピュータのほうに時代の流れがあったからではないか。もともと、日本はマンガ大国であったところに、軽オフセット印刷というメディア革命が起きて、同人誌文化を一気に花咲かせた。すなわち、商業マンガにはない自由な世界がそこに開けた。
また、日本と米国では、マイクロエレクトロニクスの享受の仕方に違いがあったということもいえる。日本にもコンピュータはあったが、エレクトロニクスはコンピュータよりも家電製品で花開いた。英国人ジャーナリスト、ボブ・ジョンストンの『チップに賭けた男たち』(安原和見/訳、講談社/刊)が書いているとおりである。すなわち、日本のエレクトロニクスをブレイクさせたのは、ソニー、キヤノン、カシオ、シャープ、セイコー、ヤマハといった民生品メーカーという側面がある。
それに対して、米国は、コンピュータがマイクロエレクトロニクスの注目分野となった。個人で買うことのできるマイコンで、いままで企業や大学のコンピュータセンターや研究室でしかできなかった計算ができるようになった。数百ドルのマイコンと、数千万ドルの大型コンピュータの世界が、同じ土俵に並べられた。その冗談のような下克上ともいえる図式と、ナードの文化は無関係ではないと思う。
・日本:マイクロエレクトロニクスをまる飲みして、'80年代の日本のポップで楽しい商品群を生み出した
・米国:マイクロエレクトロニクスがコンピュータという米国を象徴する文化をカリカチュアライズした
前回、『ナーズの復讐』を地で行くようなことが、米国では、社会全体の支配的な空気になったと書いた。それを象徴するといってもよいのが、2005年にCBSで放送開されたテレビドラマ『NUMB3RS』(ナンバーズ 天才数学者の事件ファイル)である。
|
|---|
| 米国の人気ドラマ『NUMB3RS』のDVDパッケージ(左)。残念ながら日本語版はないが、日本でもNUMB3RSを題材にした『数学で犯罪を解決する』(キース・デブリン、ゲーリー・ローデン/著 山形浩生、守岡 桜/訳)なんて書籍が出ている。 |
FBIの兄の仕事に協力して、カリフォルニア工科大学とおぼしき大学の教授が、多変量解析やらセイバー・メトリックスやらリーマン予想やら巡回セールスマン問題やらを駆使して、難事件をどんどん解決していく。当時は、米国がドットコムバブルの崩壊から立ち直って、「グーグルは情報科よりも数学科の学生と採用する」などと言われたころだ。リドリー・スコットとトニー・スコットのスコット兄弟のプロデュースで、一時は視聴率のベスト3にも入っていたほどの人気ドラマである(詳しくはWikipedia『NUMB3RS』)。
ウルフラム研究所が番組のテーマに協力しており、その内容をもとにした学生向けセミナーも行われている。日頃、マイナーな数学業界は万々歳。米国からDVDを取り寄せて見てみたのだが、数学に関する細かなネタが散りばめられていて楽しい。カリフォルニア工科大学の学長の話なんてのも、特典映像で入っていた。「なぜノーベル数学賞はないの?」という問いに、主人公が「ノーベルの好きな女性の恋人が数学者だったから」というようなセリフを返したりするのだ。
一方、日本では、なぜこの種のドラマが流行らないのか? 『ガリレオ』(フジテレビ)とか『ブラッディ・マンデイ』(TBS)とか、一見、主人公が理系っぽいドラマは作られるのだが、どうも底が見えている。Web2.0もクラウドも、米国では技術者の話題というべきなのに、日本ではマーケティングの話題になっているのと似たようなことなのか? 子供映画でも、『サンダーパンツ』みたいな秀作は、日本では100年たってもできそうにない。どうもやはり、ナード事情に関しては、日本と米国にはかなりの開きがある。
|
|---|
| 「グーグルトレンド」(http://www.google.co.jp/trends)で、メントスとダイエットコークの検索動向を調べてみると、4月にやや盛り上がり、6月に爆発的なピークになっているのがわかる。 |
『NUMB3RS』主人公の大学教授は、自宅でアルミホイルを使った反重力リフターの実験をやったり、講堂でメントスとダイエットコークの実験をやったりと、典型的なナードである。同僚のラリー(演じるピーター・マクニコルは、『アリー my Love』では主人公アリーが働く法律事務所の奇妙な経営者)も、ナードぶりを極めている。ちなみに、メントスの実験の回(Double Down)の放送は、2006年1月13日とむちゃくちゃ早い。YouTubeに有名な映像が上がるのが2006年6月14日、グーグルトレンドで確認すると、「メントス」と「ダイエットコーク」の検索件数が激増したのは2006年4月からである。
おたくな話になってきたところで、長くなったので以下次回。
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。