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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.7
2008年12月16日 16時17分
『朝日新聞グローブ』(The Asahi Shinbun GLOBE)は、2008年10月から月2回、本紙に挟み込まれているヨコ組の別刷り版である。現状4ページだが、1月から8ページ構成になるそうだ。これの12月8日号には、黄色主体のデザインの上に「Media Meltdown」(メディアが溶けていく)と大書されていた。その中で、「メディアの未来」についてコメントを求められた。
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| 『朝日新聞グローブ』。いろんな意見を集めて主張する新聞があったら私は読みたい。 |
この1年ほどの間に、世界の紙メディアは大きく変化してきている。米国では、新聞がタブロイドサイズになり、週刊誌が週末に読んでもらうよう発売日を変えたりしている。『グローブ』の特集記事によると、創刊100年の有力紙『クリスチャン・サイエンス・モニター』が、2009年4月に「紙」から事実上撤退するという。
そんな折、元同僚のM氏とやはりお付き合いのあったY氏が訪ねてくれたのだが、11月25日のこのコラム(ネットと雑誌が干渉する理由の回)を印刷して持ってきた。スポーツ・メディアをやっているので、ヨーロッパに出かけるのだが、とくに新聞の変化というものを感じるという。例えば、英国の場合、『ガーディアン』紙などがテーマ別の新聞や雑誌を挟み込んで分厚くなっている。
ガーディアンというと、毎年なにげなく掲載される“エイプリールフールねた”が有名だ。「ビッグ・ベンがデジタルになる」とか「英国王室がホームページを開設」などが、過去、私の好きな作品(?)。ちなみに、後者は歴史上めずらしい現実となったネタではなかろうか(英国王室公式サイトには、ちゃんと“Welcome to the official web site of the British Monarchy”と出てくる)。
そんなガーディアンだから何をやってもおかしくないと思われるかもしれない。しかし、いうまでもなく英国を代表するクォリティペーパーなのである。それが、2008年4月19日のガーディアンには、なんと『ゴジラ』(1954年、東宝)のDVDが、付録についてきたそうだ。朝日新聞も、生活版の『Be』が土日には挟み込まれていたりするが、まるで次元が違っている。『朝日新聞グローブ』の試みは、こうした流れともまた異なるものなのだろう。
新聞と雑誌では、メディアとしての出で立ちや存在理由が大きく異なる。マスメディアには、報道、論評、教育、娯楽、広告の5つの機能があるなどと言われるが、新聞においては「世論形成」における役割が大きい。その影響力が絶大だったからこそ、「新聞紙法」(明治時代に交付、第二次大戦後に廃止)などというメディアを取り締まる法律があった。M氏とY氏と話をしていて思ったのは、この部分を抜きに「新聞」を議論もできないということだ。
メディアが溶けていこうが、読者と書き手がフラットになろうが、「世の中はこうあるべき」ということがないと新聞にならないのではないか?
『グローブ』に寄せた私のコメントだが「これからのメディアが持つべき力とは、<価値観の違い>を、そこに集うコミュニティとともに生み出せるエネルギーの渦のようなものだ」というのが掲載されている。「なんだよ“渦”って」と突っ込まれそうな気もするが、要するに、モノを動かすエネルギーがないと意味がない。新聞は、たとえば、「ニュース・サイト」よりも「ネット・コミュニティ」に近いはずなのだ。「ああそうなんだ」ではなく、ドキドキ感といいますか。
※「ナードが足りない日本人」の続きは休みました。
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。