【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.16
2009年03月11日 22時28分
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| (cc) dailyinvention |
NHKの人形劇『ひょっこりひょうたん島』(1964年~1969年)は、テレビのカラー放送のために企画されたという話がある。トラヒゲの赤白のボーダーシャツ、ドン・ガバチョのひげの動き、サンデー先生の金髪なんかが、そのままカラー放送のお披露目だったわけだ。(NHKの人形劇シリーズについては、私も仕込みで係わった『NHK連続人形劇のすべて』<池田憲章・伊藤秀明編著、アスキー刊>をご覧あれ)。
テレパソ(録画機能のあるテレビ)が流行りはじめた頃、記事の準備をしながら、テレビの歴史を調べたことがある。米国や日本で使われている「NTSC」と呼ばれるテレビの規格は、1941年にFCC(連邦通信委員会)に認証されたものである。ところが、1950年頃にはカラー放送が求められるようになる。そこで、モノクロのテレビ受像器でもカラー放送をモノクロとして見られるようにするために、「マトリックス」と呼ばれる電子回路で、カラー信号をモノクロの輝度信号の中に紛れこませるという手法が採られた。
しかし、これだけではうまくいかず、30fps(フレーム/秒)だった走査周波数を1000分の1回遅らせるという魔術的な手法で回避したと言われている(そのためにNTSCの走査周波数は29.97fpsという中途半な数値なのだ)。そんなふうに、70年も昔に考え出され、カラー化という課題も乗り越えてしまったテレビ放送の電波は、以来50年にわたって営々と流され続けてきた。
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| 「ドイツ技術博物館」の展示。写真の受像器は、アップライト型アーケードゲーム機のように、上面を向いたブラウン管を鏡で反射して見る方式になっている。 |
もし、いま50年前のモノクロテレビを引っ張り出してきても、米オバマ大統領の就任演説を映し出すことができる(ちゃんと電源が入ればだが)。これは、放送とパッケージメディアの違いというべきだが、他のメディアではめったにあることではない。LP盤は、モノクロのテレビ放送より後の1948年に登場、コンパクトカセットが1962年、CDが1982年、1990年代には音楽配信であり、いまのコンテンツを過去の機器で再生することはできない。
テレビが変わらず使われてきたのは、超時代的な強烈なパワーを持ったメディアだったからだとも思える。20世紀後半というのは、テレビが世界のあらゆる風景や人々の営みを映し出した時代といってもよい。テレビドラマから歌番組や教育テレビ、戦場やオリンピックや月面の映像まで、あらゆるものを電波に換えて伝えてきた。
毎年、ベルリンで「IFA」(INTERNATIONALE FUNKAUSSTELUNG:イーファ)という民生品エレクトロニクス機器の見本市が開かれる(以前は隔年)。幕張メッセの1~8ホールの約3倍の16万平方メートルという会場に、63カ国から1245社が出展するという大イベント。米国で開かれるCES(Consumer Electronics Show:セス)が野球の文化圏なら、IFAはサッカーの文化圏と一回り大きく、いま注目の「EMEA」(欧州・中東・アフリカ)からもどっと人がやってくる。
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| ベルリンにある「Berliner Funkturm」(ファンクトゥルム=ラジオ塔)。ここから世界初の定期的なテレビの実験放送が行われた。IFAの開催されるメッセ・ベルリン見本市会場に、現在も立っている。 |
わたしも2度ほど出かけたことがあるのだが、その歴史は古く、1924年に第1回が開かれた「大ドイツ放送展」が始まりだそうだ。第1回の新製品展示は「鉱石ラジオ、真空管ラジオ」というくらいの古さだが、実は、テレビとドイツの関係も深い。テレビの原型ともいえるニプコー円板もブラウン管もドイツの発明である。ヒトラー政権下のベルリンオリンピック(1936年)では、実験ではあるがテレビ中継も行われている。
20世紀は、大衆メディアが大きな力を持つ時代だったのだ。テレビは世界を映し出しただけでなく、テレビの映像によって世界が変わっていったということだ。J・F・ケネディが、リチャード・ニクソンとのテレビ討論によって、1963年の大統領選挙に勝利したなどは、ほんの切れっ端のような話である。
そのテレビが、大きく変貌をとげようとしている。日本では、2011年7月24日に長らく使われてきたテレビ放送(アナログ)の電波が停止する。それは、「おつかれさん」と言葉をかけたくなるような感動的な瞬間となるはずで、視聴率はサイコーを記録するのではないかとも思える。それでは、その先に待っているのは何か? 地上デジタル放送だけではないのは明らかだ。
テレビが果たしてきた役割を考えると、これは、たかだか1つのメディアが切り替わるという問題ではない。その背景には、いうまでもなく世界をもの凄い勢いで変えはじめているネットという存在がある。というよりも、ネットやコンピュータというようなものは、これからテレビが生まれ変わる新しいメディアの準備段階だったのだという可能性もある。にもかかわらず、これはあまりにも議論されていないのではないか?
そんなわけで、「テレビの未来」と題したトークセミナーを開催する。ワイアードビジョンが昨年9月から全7回の予定で行っている「IPTVセミナー」の最終回をかねて、ワイアードビジョン、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科との共催という形である。いまテレビを語ってほしいキーパースンとして、久夛良木 健氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント名誉会長)、麻倉怜士氏(津田塾大学講師/オーディオ・ビジュアル評論家)をはじめとした講師陣が登場。まだ見えていないテレビの未来が、メディア、文化、そしてテクノロジーから語られる(詳しくは、セミナーの告知ページへ)。
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。