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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.23

組版からインターフェイス

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2009年05月13日 12時09分

Kindle DX
米アマゾンが2009年5月6日に発表・夏発売予定の「Kindle DX」。価格は4万円台と高めだが、厚さは10ミリ以下、重さも約500グラムだ。新聞や書籍のほか、教科書での利用や社内文書のプリンタ的利用も可能。

 『文字講座』(盛文堂新光社刊)の永原康史さんの文章を読んでいたら、日本語のデザインの歴史のことが書かれていた。日本に活字が入ってきたのは、桃山時代から江戸初期にかけてで、朝鮮の銅活字(古活字)とグーテンベルク式活字の両方が入ってきた。ところが、日本人は古活字を50年ほど使ってみたものの、結局は捨ててしまう。

 その後、日本では200年ほどにわたって、木版画のような文字と絵を自由にアイアウトする印刷技法が使われ続ける。1ページずつその都度文字から彫り起こすなんて、いかにも効率が悪そうに聞こえるが、日本人はよく切れる彫刻刀で、彫り続けていたことになる。編集者的な見方をすれば、いちばん贅沢なデザインが求められ続けたともいえる。

 1987年11月号の『月刊アスキー』は「コンピュータ組版」の特集で、まだ「DTP」(デスクトップパブリッシング)という略語はなく「DP」と表記していた。1990年代に入ると、日本でもDTPが普及期を迎えるが、DTPへの完全移行をしたがらない編集者が少なからずいた。効率からすればDTPのほうが楽なはずなのに、自由なデザインが損なわれると考える人が少なくなかったと思う。

 先週(2009年5月6日)、米アマゾンが発表した「Kindle DX」を見て、私は「やられた」と思った。画面サイズを従来の2.5倍の9.7型にして、評判の悪かった表示も16階調にした。重さは500グラムほどあるが、本体の厚さは10ミリ以下である。そして、『New York Times』、『Wasington Post』、『Boston Grove』の3紙が提携して、宅配に代わる購読手段として活用するという。

 一方、iPhone 3Gは発売されてちょうど1年になるが、iPhoneアプリの中では、気の利いたジョークソフトやGPSを使った位置情報活用系もさることながら、「ニュース」というカテゴリが充実してきている。『New York Times』や『Wall Street Journal』からはじまって、なんと、約600本のニュースリーダーが上がっているのだ。とくに、注目すべきは新聞ごとに最適化された専用リーダーで、『産経新聞』のような紙面そのままを閲覧するソフトではない。

 iPhone OSの構造については『UNIX Magazine』に詳しい解説があるが、最大の特徴は、表示されている画面が紙のような存在である点ではないかと思う。指でなぞれば、とりあえず意味がなくても動いてしまうのはご存じのとおり。よく言われているマルチタッチではなく、初動のタテ・ヨコを見ているのが認められた特許だそうだが、これが綴じたノートのような安定した紙送り感となる。

 新しいKindleと、iPhoneやニュースリーダーのことを見ていると、紙のメタファーとしての画面が、次の段階に入りつつあると思えるのだ。1970年代にゼロックスで、1ピクセルを72分の1インチとして(印刷で使われてきた文字サイズを表す「ポイント」という単位とは僅かな差がある)、コンピュータ画面でWYSIWYG(見たものが手に入る)ということが考えられた。それにかかわる答えの1つが、いまちょっと見え始めているのかもしれない。

Times Reader
Times Readerは、ニュース一覧に画像サムネイルが入るほか、カテゴリの切り替えや、記事自体の読みやすさも工夫されている。RSSでは情報も操作性も貧弱過ぎるし、ウェブで見るのは疲れるという向きには、最適な環境が作られる。Wall Street Journalのリーダーでは、ビデオや音声も利用しやすいよう工夫。両紙とも、画面下中央にミニバナーが表示される。

 『New York Times』のリーダーは、PCやMacでも提供されているが、ひとことでいえば、新聞をそのままではなく、折りたたんで都合のよいところを見ていくようなやり方だ。同紙は、「いかに記事を読みやすくするか?」に関しては、最も早くから取り組んできた新聞である。マイクロソフトのWPF(Windows Presentation Foundation)のデモや米国の情報系ケータイ「Sidekick」でも、New York Timesのリーダーが早くから提供された。

 Kindle DXのほうは、実物に触ってみないことには、どれほどのものかも言えない部分がある。また、この種の電子ブックリーダーなら、2003年ごろにソニーやパナソニック、東芝が、国内でも展開したではないかとも指摘されそうである。しかし新Kindleは、新聞宅配の代替として使うことや、PDFに対応したことで社内文書や論文の閲覧も想定している点が新しい。「これはただの紙です」といわんばかりだ。

 もう1点、こうした動きを見ていると、新聞はこれらの新しいシステムによって、「編集」というものの価値を取り戻そうと考えているとも思う。これまでの新聞社のニュースサイトのつくりは、ネット新聞の草分けである『サンノゼ・マーキュリー』が1993年にはじめた手法から、1歩も踏み出せていなかった。その結果、2002年にグーグルが開始した「Google News」によって、新聞というパッケージがバラバラにされるようなことが起きた。だが、それに対して、新聞ごとの専用リーダーなら、その日の新聞の記事立てや特集的なアプローチも有効となる。

 アップルは、iPodという端末とiTunesというソフトによって音楽の世界を変えてしまった。iTunes Storeが、Google Newsが新聞をバラバラにしたように、音楽アルバムをバラバラにしてしまったという指摘もある。しかし、「1000曲持ちだそう」というスタイルを示したことで、違法コピーで危機に瀕していた音楽を蘇らせた部分もある。重要なのは、ウェブ上だけでできるビジネスモデルではなく「システム」だということだ。

 新聞がニュースリーダーという答えを出しつつあるのだとすると、本はどうなのか? 「組版」から「インターフェイス」に、デザインの重心が少しだけ移動するということかもしれない。本の装丁が1冊ずつ異なるように、電子本のインターフェイスも意匠を凝らすこともできる(アドビのAdobe AIRやマイクロソフトのSilverlightは、この種のアプリを想定したものともいえる)。一方、Kindleで使われている電子ペーパーのほうも、これからいよいよ実用化されていきそうだ。

 本や新聞の電子化やデジタルライブラリの議論とは別に、新しくデジタルの力を借りた、紙メディアの継承のかたちがあるということだ。

※Sidekick(HipTop):2003年に米国や一部ヨーロッパで発売された多機能ケータイ。Sidekick OS開発者が、現在グーグルの携帯OS「Android」の担当者である。また、Sidekickを提供するDanger社は、昨年マイクロソフトに買収されている。

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■このコラムについて

 アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。

 本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。

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