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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ Act.36

世界の「5台」のコンピュータの中身

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2009年11月18日 14時37分

ワトソン・シニア

 10月8日、グーグルは同社のブラウザである「Google Chrome」の1周年を祝うイベントを、東京・青山で行った。Chromeは、「Chromium」というオープンソースのプロジェクトを元にしている。その開発コミュニティやユーザーに呼びかけたイベントだが、わたしは「future of browsers/ディスプレイ時代のブラウザ」と題したトークをさせてもらった。

Google Chrome 一周年記念パーティー
「Google Chrome 一周年記念パーティー」は、同社及川卓也氏の「ブラウザのルールを変えた」という乾杯の挨拶からはじまった。たしかに、未来の位置づけを見据えたブラウザが、Google Chromeなのだといえる。

 クラウドコンピューティングでよく引き合いに出されるのが、IBMの初代社長トーマス・ワトソン・シニアが語ったといわれる「世界のコンピュータ市場は5台くらいだろう」(I think there is a world market for maybe five computers.)という言葉だ。1943年に発言したとされているものだが、これをサン・マイクロシステムズのCTOグレッグ・パパドプラスが引用して話題となった。

※ 本当にワトソン・シニアがこのような発言をしたのかどうかについては議論がある。英語版Wikipediaでは、「Famous misquote」(有名な誤引用)とされている。

 この引用ほど、クラウドコンピューティングを簡潔に言い得た例はないかもしれない。たしかに、コンピューティングのグローバル化が進めば、アマゾンやグーグルやセールスフォースなど、世界でも5社ほどのクラウドがあれば、すべてまかなえるような気もしてくる。事実、前回のコラムで触れたように、世界のサーバーの17%(約1000万台=バーチャルなサーバーと見られるが)はグーグルのものだという見積もりがある。まもなく、世界のサーバーの5分の1になるのではないか。

 しかし、トーマス・ワトソン・シニアが言ったとされる「コンピュータは世界で5台の市場」は、少しばかり事情が異なる。1970年代には世界のコンピュータ市場を席巻してガリバー的地位を築くIBMだが、初期にはコンピュータの需要を低く見積もっていたために、UNIVACに市場でのリードを許した。このエピソードは、巨人IBMのコンピュータに対する初期の理解の甘さを揶揄する話として出てくるのだ。

『計算機屋かく戦えり』(アスキー・メディアワークス刊)という本で、わたしは、日本の黎明期のコンピュータ関係者に多数インタビューした。日本IBMの前身にあたる日本ワットソンで戦前から活躍された安藤 馨さんや、日本のコンピュータの立ち上げに直接関与した和田 弘さんや喜安善市さんといった方々から、当時のようすを長時間にわたって聞いた。

 実のところ、ワトソンが「世界のコンピュータ市場は5台」と発言したとされる1943年は、まだ世界にコンピュータは1台もなかった。1946年になって「ENIAC」の存在が明らかにされ、コンピュータは華々しくデビューする。したがって、当時はまだテレコミュニケーションの技術も考え方もなかった。民生向けのオンライン処理で使える世界最初のネットワークは、1964年の東京オリンピックのそれである(日本青年館にはその記念のプレートが飾られている)。

※記事掲載当初、東京オリンピックを1962年としておりましたが、正しくは1964年でした。

 安藤 馨さんによると、IBMの中でも、トーマス・ワトソン・ジュニアはコンピュータをやるべきだと主張して、トーマス・ワトソン・シニアと激しく対立していた。それもそのはず。当時、世界中に何万台ものIBMのPCS(パンチカードシステム)が稼働していたのだ。一般的な分類・集計・計算の業務ならPCSで十分。しかも、パンチカードの売り上げは、IBM全体の売り上げの3分の1を占めた時期もあるほどおいしい商売だったのだ。IBMがハードウェアやソフトウェア、まして情報ではなく、紙製品で稼いでいたというのは、はなはだ興味深い話ではあるが。

 一方のコンピュータは、1943年にはまだ夢の機械だった。1946年の「ENIAC」発表を伝える当時の雑誌記事を取り寄せてみると、核開発や天気予報のための微分方程式やシミュレーションといった高度な計算処理が期待されていたことがわかる。IBMが最初の商用コンピュータである「IBM 701」を発売したのは1952年。ところが、それと同じ頃、アメリカやイギリス、オランダなどが一緒になって「国際計数センター」という計画を打ち出している。高度な計算処理を行うコンピュータは、ローマに1台あれば当時の需要を満たせるというものだ。日本も1951年に条約会議に参加して調印している。

 つまり、ワトソン・シニアの発言は、当時としてはことさら突飛な発言ではなかったはずである。そして、世界中の企業や公的機関で目下稼働中の数万台のパンチカードシステムで行われている計算処理まで、すべて5台のコンピュータの中に飲み込んでしまおうという話ではなかったのだ。それに対して、パパドプラスの言う5台は、世界中のほとんどのコンピュータをのみこんでしまう可能性がある。

5台のコンピュータ
トーマス・ワトソン・シニアの「世界のコンピュータ市場は5台くらい」といったのは、あくまで高度な計算処理についてのものだ。それに対してグレッド・パパドプラスの「5」台は、5つのクラウドに世界のコンピューティングが集約されようとする動きを象徴している。

 その前提となる重要な技術のひとつが、ブラウザであることは間違いない。ブラウザを取り巻くキーワードも、次々に浮かびあがってきている。Google Chromeのパーティで話した内容にたどりつかないうちに長くなってしまいました。以下、次回。

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■このコラムについて

 アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。

 本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。

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