2010年07月12日 17時26分
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| 「iPhone4」と「ラブテスター」。レスポンスの良さやシンプルさなど、共通点は多い。というよりも、ようやくデジタル機器がこの手のオモチャに追いついてきているのではないか。 |
1996年頃、わたしの編集部に配属になったEくんが、「エンドウさん、横井軍平って知ってますか?」と言ってきた。「知らないよ」とわたし。すると、彼は小判のゲーム雑誌の記事(彼が関わったらしい)を取り出して、その人物がどんな仕事をしてきたのかを教えてくれた。なんでも、わたしが子供の頃にあこがれた「マジックハンド」を作った人物だという……。
そうやって、『横井軍平ゲーム館』(牧野武文著、アスキー刊)という本が作られることになった。わたしは、企画を通しただけで何もやっていないのだが、この本はやがて、ゲームに興味のある人たちの間で“幻の本”になった。
なにしろ、横井軍平という人は、任天堂の「ゲームボーイ」の生みの親でもある。ゲームボーイといえば、2000年までの販売台数が世界中で1億台を突破している(ゲームボーイアドバンスを含む)。世界中の子供たちの手に届けられ(ある国では「BOY」という名前が性差別ではないか? という議論が起きたこともあった)、湾岸戦争のときには戦場に兵士たちが大量に持ち込んだというニュースもあった。こうしたトピックは、ゲームボーイが世界で本当に浸透していたから出てきたものだろう。
『横井軍平ゲーム館』が、幻の本となった理由の1つは、本が出た直後の1997年に、横井軍平氏が交通事故で亡くなったというのもある。我々にデジタル時代の“遊びのインフラ”とでもいうべきものを提供してくれた人の声を、二度と生では聞くことができなくなったからだ。2003年、IGDA(国際ゲーム開発者協会)はゲームの世界で多大な貢献をした人物として、「GUNPEI YOKOI」に『生涯功績賞』を与えた。
ゲームボーイ以降、横井軍平の仕事が世界中の人たちに感動を与えたのは事実だろう。しかし、『横井軍平ゲーム館』で紹介されているのは、ビデオゲームの時代がくる前に横井軍平の生み出した数々のオモチャが中心である。それは、たしかにどれもサイエンスの香りのする、頭をひねらされる逸品ばかりである。
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| 横井軍平の代表作である「ラブテスター」のケース。黒一色に英語表示のみで、いかにもオトナ向けといった印象。 |
しかし、正直なところ、世界中にはもっと優れたオモチャはたくさんある。より天才肌のオモチャ作家もいるに違いない。世界最初の音ゲー的オモチャである「サイモン」や世界最初のテレビゲーム機を作ったベアードもいるし、日本にだって学研の『科学』や『学習』の付録を作った作家たち(彼らの作品は単品の科学教材として世界に輸出されていた)、横井軍平の同時代ならエポック社という強力なライバルもいた。
エポック社の「スーパー・ヘリコプター」は、極限までシンプルなつくりなのに、いま遊べばTVゲームのように完全にはまってしまうという秀作(モーターで浮遊するヘリの角度と回転数だけで、当時憧れのラジコンのようにコントロールして遊ぶ)。横井軍平だけがオモチャ作家ではないし、我々をワクワクさせたわけではない。
すべてのオモチャ作家は、アルキメデスではないかと思うのだ。
しかし、わたしは、自分の編集部で作り、編集人として名前を連ねた『横井軍平ゲーム館』に、いまさらケチをつけるつもりはもちろんない。なぜ、人々は横井軍平の仕事にひきつけられ、この本が“幻の本”となっているかということを考えてみて、少し分かったことがあったのだ。
オモチャでは、子供でもすぐに遊べるくらいのシンプルさが、デザイン上の必須条件となる。それに加えて、触ったとたんにパッと動くポジティブかつスムーズな、生き物のようなレスポンスが大切だ。
横井軍平の作品は、もちろん、いずれもその条件を満たしている。実は、任天堂の製品がそれを満たすべく作られてきたことは、ファミコンが8ビットの時代にすでにスプライト機能(小さい画面を高速に表示する仕組み)を備えてアーケードなみの反応速度を備えていたことや、スーパーファミコンで読み込みに時間のかかるCD-ROMの採用を見送ったことでもよく知られている。
ところで、いまiPhoneとゲームボーイを比べてみると、この2つにいくつもの共通点があることに気づく。動作したときの俊敏なレスポンスを優先して設計されていることや、手の中におさまるように設計されていること、アプリケーションプレーヤーであること、そしてどこまでもシンプルで誰でも使えるように作られていることなどだ。
コンピュータはいま、ようやくオモチャの領域、つまり横井軍平の世界に追いついたのかもしれない。
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| 「ラブテスター」の内部。抵抗やトランジスタがいくつかハンダ付けされているだけの、きわめてシンプルなつくり。 |
横井軍平のヒミツは、オモチャの中心原理ともいうべきものだろう。そんな中でも、その仕事を際だたせている作品は、やはり「ラブテスター」である。あっけらかんと冗談のように、子供や大人の心をつかんではなさない、そのしかけが楽しい。まるで、わずかな遺伝子情報がその人の豊かな人間性を生み出すように、オモチャレベルの仕掛けが、時代を超えて人々の心に残る。
ということで、iPhoneで作るべきアプリは「ラブテスター」だと思った。ところが、App Storeで「love tester」を検索してみたら、ザッと20本ほどの恋愛度測定アプリがずらりと出てきたのだ。いまさらググって分かるのは、1960年代に、ラブテスターは米国でも売られていたのである。そうなのだ。1960年代、日本はオモチャが主要な輸出品の1つで、任天堂もそれに関連したメーカーだったのだろう。
iPhoneの世界といえど、まだまだ、横井軍平ワールドの足元を追いかけているだけなのではないかと思うわたしだった。まあ、つまり、日本にもまだチャンスがあるということだ。大切なのは、iPhoneやiPadの画面の中から、発想を飛び出させることなのである。
『横井軍平ゲーム館』の著者らが、今年、2冊の本を出した。『横井軍平ゲーム館 RETURNS ─ゲームボーイを生んだ発想力』(横井軍平・牧野武文著、フィルムアート社刊)と、『 ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』(牧野武文著、角川書店刊)の2冊である。
これら2冊の刊行を記念して、『軍平ナイト2010』なるイベントが、来る2010年7月30日に都内某所で行われることになった。当日は、『横井軍平ゲーム館』の著者、編集者や横井軍平の仕事を愛する人々が集い、熱く語り尽くすはずである。今回も、楽しい横井軍平の作品群に触れることもできるだろう。
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。