アスキー総合研究所 > 所長コラム > ジョブズの否定した7インチタブレットこそが、クラウドのリモコンになる
2011年12月05日 19時53分
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| HTCやレノボなどの海外勢に加えて、東芝やシャープからも続々登場している7インチのAndroidタブレット。好調が伝えられるAmazonのKindle Fireや、BlackberryのPlayBookも7インチだ。 |
海外ニュースを見ていると、タブレット端末の画面サイズが継続的な話題になっている。iPad 3とあわせてiPad miniの噂もあって、7.85インチ(あるいは7.35インチ)を採用するとまことしやかに語られている。10月に発売された7インチのAmazonのKindle Fireは出荷好調が伝えられるが、8.9インチ版も準備中だそうだ。
7インチには、上着のポケットにも入るし、カバンに入れたとしてもさっと片手で出せる気軽さがある。手に持って使う場合は、両手を使うゲームコントローラ的なポジションになるが、それをカバーして余りあるキーボードの使いやすさとなる。これはシステム手帳のような大きさで、画面サイズにおける「7」という数字はマジックナンバーではないかと思う。
カーナビで使われてきた液晶パネル、四六判(188mm×130mm)や新書などの書籍の大きさや、書籍のページにおけるテキスト部分の面積とも関係するかもしれない。日常生活の中での道具として使うのだとすると、画面の外が視野に入ることにも意味がある。ところが、Galaxy Tab 8.9を触ったら、本体が薄く軽いこともあるが、まったく新しい素材に触れたような錯覚におそわれた。“7インチ原理主義”のわたしも、8.9インチに興味を持ち始めている。
7インチのタブレットに関しては、スティーブ・ジョブズ氏の「DOA(Dead on arrival)発言」があまりにも有名だ。2011年10月18日のアップルの決算発表の際の、記者とのやりとりの中で出てきたものだが、それを伝える記事を読み返してみると、いくつかの発見がある。多数登場している7インチに対して、ムチャクチャな言葉を投げつけたかのように見えるが、実はとても理路整然としているのだ。
・噂になっている7インチ版のiPadはない
・スマートフォン用アプリとタブレット用のアプリは別のものだ
・タブレット用アプリには9.7インチ以上が必要である
・7インチはスマートフォンとしては大きすぎる
興味深いのは、ジョブズ氏がCEOを退任したり亡くなった際に言われたことと相容れない発言があることだ。いくつかのメディア(たとえばCNNの追悼番組)では、「ジョブズは自分の直感だけで判断する人でユーザー調査など信じていない」と述べていた。ところが、ここでは「これはユーザーテストを繰り返してきた結果」の結論だと強調しているのである。
それにしても、上のように整理してみると、ジョブズ氏の発言はロジカルシンキングの見本のようではないか。そして、この説明と同じ内容をスマートフォンの画面サイズでも主張したことで、4インチになる「iPhone 5」の出荷が遅れたのだとも噂されている。彼の主張を紙に書いて眺めてほしい。アップルは、7インチを想定したユーザーインターフェイスに、彼らとしての解を見出していないだけなのだ。
3.5インチ以上の画面サイズでは、いまのiPhoneアプリの操作性が落ちるのは確かだろう。前のメニューに戻るときに、画面の左上をタッチすることが定着しているからだ。ジョブズは、3.5インチという大きさが、マクドナルドのハンバーガーのバンズ(正確に直径3.5インチで作られていることで有名)と同じく、未来永劫変わらないスマートフォンの画面サイズだと信じていたのかもしれない。
彼は、iPhoneは3.5インチで決まりで、iPadも9.7インチ以上(これも可能な限り変えないほうがいい)と考えていたのだと思う。画面が固定されていることで、iPhoneやiPadでは、作り手が、アプリやコンテンツが受け手の目にどのように映り、どんな体験を与えるかを完全に決め込むことができる。テレビやPCなど、ほとんどの電子機器と異なり、色まで厳密に決められる(それを利用して、デザイナーが色のより所にする大日本インキの色見本アプリまで出ている)。
紙の場合なら、A4判ならA4判という大きさがあって、その中で表現できる情報量は容易にイメージできる。それを綴じるファイルや、コピー機のような関連製品との整合性も取れる。一度でも紙というメディアで仕事をすると、こうしたことに敏感になってくるが、一般の人はそこまでの認識はないのだが(どれほどの人が、A4判の紙の対角線の長さがB4判の長辺の長さと同じだということを知っているだろうか?)。
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| 週刊アスキー編集部から「Kindle Fire」を借りて触っているが、本体は思いのほかスマートで、アプリの動作も軽やかといえる。電子書籍の表紙をサラサラと送る感覚は、いままでのモノクロ電子ペーパーの端末になかった気持ちよさだ。 |
ということで、iPhoneは3.5インチ、iPadは9.7インチ以上というジョブズ氏の意見に、わたしはとても同調している。どうせなら、アップルが今後考えるべきはiPhoneやiPadの外形すらも変更しないことだと、真剣に思っている。だがその一方で、電子機器の画面に関する議論はこれからどうなるのかというと、実は、ジョブズの否定した7インチ付近の画面サイズのあたりがとても興味深いと思っている。
いま便宜的に、3.5インチ、7インチ、10インチの3つのカテゴリに分けてみる。たとえば、3.5インチの端末は片手でも使えるが、7インチ以上は両手がフリーの状態でないと使えない。歩いているときや、信号などで立ち止まっているときには、7インチはリュックやショルダーバッグで両手が空いている人しか使えない。持っているカバンを置けば両手がフリーになる場合もあるが、逆に電車の吊り革につかまらなければならないときは、片手がふさがってしまう。
一方、これらの情報端末を、「すぐに出せる」、「カバンから出る」、「家に置いてある」など、すぐに使えるかという意味でのアベイラビリティとでもいうべきものも、需要なファクターだろう。そこで、男性を例に、カバンに端末を入れている場合やカバンの外側のポケット(カバンを開けなくとも取り出せる場所)に入れている場合、ジャケットのポケットに入れている場合、そしてYシャツやズボンのポケットの中にある場合に、それぞれすぐに出して使えるかを考えてみることにする(女性の場合はカバンから取り出すことが多いだろうが)。
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図1は、そうした関係を表にしてみたものだが、移動中に使いものになるのは、3.5インチだという結論になりそうな案配である。7インチも、電子書籍の閲覧などに関しては、片手で操作できるような機能が欲しいこともわかる。要するに、7インチを便利に感じるのは、ジャケットにリュックという都市型ビジネスマンのイメージだろう。あるいは、スマートフォンの画面でも情報に触れる量が足りないと感じているような、インフォメーションジャンキー(情報オタク)である。
しかし、それでも7インチの端末が次々とリリースされているのは、より大きな市場を予感させているからだと思う。それは、以前書いた『「iPhone 4S」と「Kindle Fire」、どっちがスゴい?』で触れた領域とも関連することである。
それは、これらのどの端末が、自宅のソファの上に置かれている『TIME』誌や『Sports Illustrated』誌のような存在になるのかというようなことだ。これは確かに、10インチが有利に見える。10インチよりも7インチのほうが一般的な書籍の大きさに近いのだが、それでも端末が十分に軽くなれば、ジョブズ氏が言う10インチがゴールなのかもしれない。しかし、問題は、クラウド上のさまざまなサービスやコマースなどに使う道具としてのスマートデバイスになるのはどれか? というような話なのだ。
その場合、この領域のいちばん近くにいるのは、Kindle Fireだと市場は答える可能性がある。噂どおり、iPadの7.85インチ版が出てくるとしたら、この領域をねらっているのだろう。先日、楽天が買収したカナダのKoboも、電子ペーパー端末のほかに、7インチのAndroitタブレットを展開している※。そこでは、コンピュータやメディアマシンの延長ではなく、「クラウドを使うリモコン」くらいの気軽さが求められているのではないか? そのときに、片手で手に取れる7インチという数字がやはりマジックになると私は思っている。
電子機器についての議論が「画面サイズ」だけになってきているのは、タッチインターフェイスと無線通信とクラウドという要素をどの端末も備えるようなり、争点が次の領域へ進んだことを表している。それは、タブレットの領域が業界の予想以上に、これから急速に広がっていくことを予想させる。この領域に、日本はどのように取り組むのか?
アスキー総合研究所所長の遠藤 諭が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。
本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。